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会社案内

エア・ブラウンの歩み

当社のルーツ

1889年(明治22年)、イギリス産業界の中心地グラスゴーに、A.R BROW McFARLANE& CO.,LTD が誕生した。この会社は明治維新という時代を背景に、日本海運の発展に大いに貢献した「キャプテン・ブラウン」ことアルバート・ブラウンが創設した貿易商社である。そして、このエ・ア・ブラウン・マクファレンこそが、今日のエア・ブラウン株式会社のルーツである。

当社の創業者である、アルバート・リチャード・ブラウンは、1839年イギリスハンプシャイアー・リングウッド生まれた。1867年「マラッカ号」のチーフオフィサーとして来日。翌年、明治政府の依頼により灯台補給船「富王丸」の船長となる。その後、商船隊乗組員養成の指導者として日本における最初の商船学校(現東京海洋大学)の創立に参加し、1885年日本郵船会社初代総支配人に就任した。1901年、明治天皇により外国人としては初めて勲二等瑞宝章を授っている。

(ちなみに、祝日である「海の日」は明治9年に明治天皇が東北地方巡幸の帰途、キャプテン・ブラウンがもたらした「明治丸」で横浜港に帰還した日が7月20日であったことに由来しており、更に、「明治丸」は小笠原諸島の領有権獲得にも貢献している。)

エ・ア・ブラウン・マクファレン、東京支店開設(戦後復興から高度経済成長へ)

1949年、第2次世界大戦の痛手から日本は復興期に向かう。この時、キャプテン・ブラウンの孫であるリチャード・ブラウンは祖父の遺志を継いで、伝統ある対日貿易を再興すべく来日した。エ・ア・ブラウン・マクファレン株式会社は、東京支店を開設し、日本の産業復興推進の一役を担った。例えば、1953年には英国PYE社のテレビジョンを葉山御用邸に納入。1960年には、東海村原子力研究所に立体テレビ装置、東京大学岡山天体物理観測所に74インチ反射望遠鏡(英国グラブ・バーソズ社製)を設置している。そして、さらに、シリコーンやラジオ・アイソトープをはじめとする化学工業製品、機械金属類の輸入などによって、日本の産業界に活力を与えるとともに、戦後復興をなし遂げる一端を担った。

1968年、日本経済は高度経済成長政策のもとで飛躍的な発展期を迎え、GNP世界第2位の経済大国になった。 まさに、激動の経済史の中で、エ・ア・ブラウン・マクファレン株式会社東京支店はケミカル、シリコーン、アイトソープ、機械などを戦略製品とした貿易商社として、ビジネス戦線の拡充に取り組んだ。日本の基幹産業として成長しつづける自動車産業、エレクトロニクス産業など、新規領域へのシフトを通して柔軟かつ多画的なビジネス活動を展開した。

エア・ブラウンの誕生

1970年、エ・ア・ブラウン・マクファレン株式会社東京支店は日本法人として生まれかわりボクスイ・ブラウン株式会社に受け継がれた。それは、貿易の自由化にともなう競争の激化に対応するため、外国商社の支店という制約の多い組織から脱して、より市場に適応したビジネススタイルの形成を強く求めたからにほかならない。 逆境に強い伝統のブラウンスピリッツで、70年代のオイルショックなど経済不況を乗り越え、組織としての基礎固めを達成するとともに、世界のトップメーカーとの代理店契約を結び、理化学製品やファインケミカル分野への参入を果たし、近未来ビジネスフィールドへ一歩足をふみだしている。

1988年には親会社より株式を譲り受け、新たなるブラウン・スピリッツを求めて新企業構想に着手した。1989(平成元年)の創業40周年を契機に、5,000万円の増資を行い、海外拠点の新設など21世紀を見据えた企業活性化のための布石は確実に打たれていった。1995年(平成7年)に社名もエア・ブラウン株式会社と改名し、名実共に自立を果たした。

企業体質の強化とアジアへの進出

エア・ブラウンが自立した時は、日本はバブル経済の崩壊から空白の20年と言われる厳しい経済環境に進んで行った時期であった。その後、経済は外需主導の回復局面を向えた時期もあったが、2008年9月の所謂リーマンショックに端を発した金融危機により世界同時不況へと景気は一気に悪化した。更に、国内においては2011年3月の東日本大震災という未曾有の被害を経験し、国外では円高、EU各国の財政危機など不安定な経済状況が続いており、企業経営の舵取りは難局の連続であった。

このような状況の中、エア・ブラウンは企業理念の見直し、経営ビジョンの策定を始め、社員とのワークショップ活動、更には景気に影響されない財務体質の強化、新商品開発投資など次々と企業変革を実施した。そして、アジアへの進出拠点として2011年に上海に、また2014年にはバンコクに子会社を設立するなど、経営理念に則った新たな冒険家精神を発揮している。

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